問題の解決方法をひとつに絞る必要があるか

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「問題を解くことよりも問題を見つけることでもう半分は解けている」と言われることがあります。

何が問題かを見つけることの難しさをうたったものですね。

では、問題を見つけた後に必ず解く必要があるのでしょうか。
アカデミックな意味では解くことを推奨するかもしれません。

でも、生きることにおいては、解かないことも選択肢です。

「解く必要がある」と考えるのは、解決方法をひとつに絞ることでしょう。

結果だけでなく、結果に至るプロセルまでこだわれるほど余裕があるなら、絞ってもいいかもしれませんね。

ただ、やり方にこだわっているほど余裕な場合が、人生においてどれくらいあるのでしょう。

ひとつにわざわざ絞らなくてもいいと考えます。

 

*選択肢はひとつじゃない

目次

そもそも解く必要があるのか

問題を解こうとするときに、そもそも解く必要がある問題なのでしょうか。

学生の頃であれば、課題は他の誰かに決められます。
自分が自由意志で解くか解かないかを選べないことも多いです。

目の前にある問題に対してい反射的に解こうとするようになっていきます。

でも、大人になれば、その問題を解くかどうか自分で選べます。

選べる状況であれば、解くという選択肢の他に当然解かないという選択肢もあります。
対偶証明のように、表門から解決しようとせずに、裏門から解決する方法もあります。

そう考えれば、解く必要があるかをもっと吟味するべきでしょう。

解かなくていいという意識を持つことの意味は、方法を閉ざさないということです。

扉がひとつしかないと考えれば、その扉をくぐるしかありません。
でも、とびらが2つあれば、どちらの扉をくぐるか考えられます。

「解く」「解かない」の2種類があれば、どちらの扉をくぐるか、当然選べますよね。

 

方法を選べるのか

選べるとしても、「解く」方が「解かない」よりも勇敢で挑戦的、そして人生にきらめきをもたらすと考える場合もあるでしょう。

そこで立ち止まってほしいのは、「方法を選べるほどあなたに余裕があるか」です。
「解く」と「解かない」において、どちらの方法においても結果的に同じところにたどり着くとして、「解く」を選択する。
しばりプレイみたいな感じです。

ゲームでいえば、物理攻撃と魔法攻撃があっても、物理攻撃しか使わないと。

それほど高度なプレイをできる人は、かなりの熟達したゲーマーでしょうね。
人生の選択肢において、同様にいくらでも方法を選べる状況にいるのでしょうか。

「自分に課した試練だから」といって、解く方法だけを選ぶのは自由です。
でも、解く必要があるかどうかの考えからは逃げています。

解かなくていい問題に対して時間を割くのは、趣味ともいえるでしょう。
人生は有限ですから、趣味に時間を割けるのは、なかなか余裕がある人といえます。

結果を求めるだけでも大変なのに、そこにたどり着く過程にまでルールを儲けると、たどり着くのがさらに難しくなります。

 

ひとつに絞らず全方位から攻めているのか

攻める、たどり着くと考えれば、ひとつに絞らず全方位から攻めることが必要です。

これまでの話で、ひとつに絞ることは、余裕がある人が趣味を行っているような状態と論じました。
しばりプレイをすれば、結果を得られたときの満足感は大きくなるかもしれません。

でも、ゲームのように試行回数をたくさん自分で選べるものの場合に取るうる方法です。
生きている間に1回しかしない、数回しかしないことにおいて、趣味で行うように手段を狭めて行うのは成功率を下げます。

結果を求めるのであれば、やり方のしばりはない方が確立があがります。

「私にはこの道しかない」と考えて、追い込む、がんばる方法ではっぱをちょっとかけることもあるでしょうが、この道しかないと本当に思い込んでしまうことはもったいないです。

解決のための選択肢は狭めず、上手に見比べながら選びきりましょう。
ある方法を取りすぎて困窮してしまった人がいれば、ちょっと見直してみましょう。

 

【編集後記】
校閲のしごとが入ったので、オーダー通りであまり厳しくしない程度にバランスを見て整えています。
きれいにしすぎることよりも、方法の一環として足りるものをつくれるようにと。

【運動記録】
ストレッチ○ 筋トレ○

【子育て日記(4歳・1歳)】
一緒に図鑑を探しに本屋さんへ。
かなり探検ができました。

なお、子どもの目線に、おもちゃとこれでもかと配置するのは、ちょっとズルいですよね。。

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