雇われる場合の評価軸と個人事業の場合の評価軸での大きな違いは、努力の投下量を適切にすることかと感じたので、その辺りをまとめてみます。

「努力の投下量を適切にする」とは、努力の量をある程度で増やさない、むしろ減らすことを意味しています。

 

雇われる場合の評価軸は何か

まずは、雇われる場合の評価軸を考えてみると、勤務時間(残業時間含む)、効率、成果、などをあげられます。

ただ、その中でわかりやすい尺度は勤務時間、どれだけ働いたかです。
会社によっては有給休暇の取得の数を差っ引いて評価する場合もあるようです。

このような関係性になるでしょうか。

 

 

投下した費用は頭打ちになる

勤務時間に評価が比例するとして、勤務時間と成果の関係はどうでしょうか。

一般に、かけられた費用に対してある一定のところまでくると、費用が増えてもその成果は増えなくなります。

とすると、勤務時間が増えてもその成果は増えなくなってくる範囲が出てきます。

 

効率はどうなるか

上記のように、勤務時間が増えても成果が増えなくなるということは、時間辺りの成果の上昇率は一定範囲で増えなくなると考えられます。

イメージ図はこのような形です。

ただ、労働者としていれば、極大になる部分で勤務時間を止めることができません。
8時間なら8時間働く決まりです。

また、会社によって最初に書いた図のように、勤務時間が増えると評価が比例して増える会社もあります。

労働者としては、勤務時間の量を調整することができない場合もあり、どうしても投下した勤務時間に対して、非効率な部分が出てきます。

 

個人裁量のしごとの強み

収入の不安定さなどが存在するかもしれませんが、個人裁量のしごとにおいては、上記のように発生する非効率なしごとを思い切って切り捨てることができます。
そこが、このしごとの形態の強みです。

会社勤めであっても早く帰ることや、残業を減らすことへのインセンティブを別に設けて機能していれば、効率化はできます。
ただ、個人裁量がはっきりしているしごとに比べれば、そのように調整させる意味は大きくありません。

「法律によって規制されているから」や、「労働環境を良くして採用しやすくする」といったモチベーションが考えられます。
でも、多くの会社がそれによって動きを変えているとはいいがたいかなと。

個人裁量のしごとの強みがどこに出るかを、改めて考えてみました。
しごとの仕方について考えると、どこかに働き方を見直すヒントがあるかなと、感じます。