答えらしきものにふれて考えることが止めない

検索することで答えを得られる手軽さが、ネットで得られます。

でも、答えが本当に自分の答えであるかは、わかりません。
大きな問題において、調べられればわかるような答えが十分な答えであるのか、あやしいです。

答えらしきものを見つけるのは、心躍ります。

でも、同時に探求をやめさせる悪さがあります。

答えらしきものにふれたとしても、考えることを止めるのは控えるのがいいです。

*田んぼアート。「考えよう」、と。

 

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答えを知りたい

悩んでいることがあれば、その答えを知りたいです。

自分で考えたいと感じると同時に、それがすぐに見つからなければ、良い答えをどこかから得られないか調べます。
調べれば、誰の答えが見つかります。

その方の答えであり、とても洗練されたものであるでしょう。
でも、その答えが自分にとっての答えになるかは、わかりません。

なるかもしれませんし、ならないかもしれません。

 

自分の答えか

誰かの答えが自分の答えになるでしょうか。

なるともいえるし、ならないともいえます。
たどり着いた先が同じであっても、そこにたどり着くまでの道のりによって、着いた先の答えが変わるからです。

自分の答えになるかどうか、そこには、考えぬくことが必要です。
考え抜いて、そして得ることが自分の答えになるかどうかの分かれ道です。

自分で考え抜くということが、自分の答えにするために必要です。

 

考える気持ちを大切に

誰かの答えを見つけると、自分としての答えを求める気持ちが薄れます。
でも、それでは自分としての答えにたどり着けません。

他の人の答えを見たいと感じることは多くあるでしょう。
でも、それをもって答えが出てしまったと考えるのはもったいないです。

自分なりの答えにたどり着くまで、考え続けてみるというのが、腑に落ちる答えにたどり着くために大切でしょう。

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