理不尽さを学ぶことが世の中を知ること

プロジェクトにおいて理想を掲げてそれに向かって社会的に難しいことを実現していくのは、最近のトレンドです。

ミニプロジェクトXのような感じで、不完全な資本主義が解決し得ない問題をそれぞれが解決していく。
良いストーリーです。

ただ、こういう理想へ向かう前には、理不尽に触れて正しく一度絶望をしておく必要があります。
心は大切にしつつですが。

人間が思い上がらぬよう正しい絶望を与える

と、鋼の錬金術師で言われていますね。

というわけで、経験した理不尽なことをまとめてみます。

目次

解雇する理由を探す人

短期の雇いでしたが、そこで解雇する理由を探す人に出会いました。

プロジェクトに思ったほど労働力がいらなかったために、ムダに人を余らせていた、と。
で、誰かを解雇したい状態でした。

数人いるなかで、適当にいちゃもんをつけて雇うにダメな理由として、あげつらいます。
同じような理由で二人ほどをターゲットにします。

片方は説明がうまく難を逃れました。
もう片方が、うまく伝えられず結局解雇に至ります。

間に入った人の説明も納得できず、難を逃れた人の説明も納得できず。
世の中の厳しさを感じるものです。

思うべくは、今はその会社は必要とされておらずなくなっているのですが。。

やってるふりプロジェクト

やってるふりプロジェクトに関わることも、意味の無さ、世の中の理不尽さを味わえるところです。

通常であれば書類選考で落としている人をわざわざ面接する。
正常な判断ではないのでしょうが、そのときに上長側にしごとがほしかったのでしょう。

すでに検討をして自分で否定したプロジェクトをわざわざ自分で見つけた問題点のように取り掛かる。
その上長が決定権を持っているのであればやっているふりプロジェクトはたまたまですが完結できます。
でも、元々上長の気が乗らない結論であったことを思い返し、頓挫します。
もう一度やっているふりプロジェクトができがりです。

世の中はムダなしごとでできているんだよ

という言い方が身にしみます。
Aさんがやれば10分で終わるしごとをBさんが1日かけて終わらる。それで社会が回っているだという意味で発せられた言葉です。

その先に社会的な妥当性があったとしても、やはりどこか納得できない時間の浪費もあります。

ただ、こういったプロジェクトで、元々意味もなく否定された側としては、理不尽さを感じます。

困ったときだけすり寄ってくる人

通常はめんどくさくてこちらに声もかけない。
報告すべき内容であっても、わざわざ報告しなかったり。
でも、問題が起こって自分では解決できなくなるとすり寄ってくる。
こちらに解決しなければいけない義務はないのでしょうが。

ただ、周辺やら上やらへの同調を持って、うまく関わらせようとします。

逃げ切れればいいのですが、うまくいかないと、結局尻拭いをさせられる状態です。

反対の立場であれば困っても見て見ぬ振りをされることが多いのに。
理不尽さを感じる状況です。

何の役にも立たないが轍

こういったなんの役にも立たない状態は、その場でマイナスでしかありません。

ただ、せめてなにか役に立つところがないかと考えると、理不尽さ自体を知ることが挙げられます。

社会のニーズ、個人の感情をケアする場所、人を取り持つべき場所、組織運営などなど、ほつれやすいものを繕うときに、なんとか役に立てるときがあります。

壮士がいう巨木。
無用の用として理解するべき話かもしれません。

【編集後記】
久々に泳ぎに行きました。
泳いで、スッキリしました。
背泳ぎが肩こりの感じにとても効きました。。

【運動記録】
ストレッチ○ 筋トレ○

【子育て日記(5歳・1歳)】
下の子を保育園に送りに行くときにちょっと調子が悪く、トイカメラを使いに行くということで納得してもらえました。

「それな〜に?」と園で言ってもらうと、「いつもと雰囲気違うね」と言ってもらえたと感じて、得意げでした。

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