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職場がつらいときに「置かれた場所で咲きなさい」は自分への言葉ではない

お医者さんから職場のことを相談されました。

勤務している方もみなさん基本的に頭がいいので、人間関係に還元したときにギスギスしている様相がある場所でした。

そのままがんばった方がいいかどうか。という相談。

 

その職場に一定時間いる理由がある方だったため、片目だけつぶってその職場で様子をみたらどうかという趣旨で回答しました。

 

ただ、そのときに「置かれた場所で咲きなさい」を引き合いに出していました。

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置かれた場所で咲きなさい、bloom where God has planted you

置かれた場所で咲きなさいは、外国人宣教師に渡された英文、bloom where God has planted youの訳となっています。

発見! これが「あの原稿の」貴重な直筆。渡辺和子さん『置かれた場所で咲きなさい』秘話
印象的なフレーズも生まれるまでに変遷がありました。

 

外国人宣教師のこの言葉の上では明確にGodがあなたの場所を決め置いています。

一方で、「日本語では置かれた場所で咲きなさい」。(神に)などと補わない方が自然で耳障りもよい。補う必要はないにせよ、今ある状況を受け入れましょうとし過ぎるのは誤解に繋がります。

 

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『「現在」というかけがえのない時間を精一杯生きよう』の意

P15には、次のように記載があります。

境遇を選ぶことはできないが、生き方を選ぶことはできる。「現在」というかけがえのない時間を精一杯生きよう。

 

境遇を選ぶことができないかどうかは、著者の渡辺和子さんの信仰的目線が加わっていると読みましょう。

キリスト教的な精神を理解していなければ、自己犠牲を伴ってもその場にしがみつくことが正しいのだと主張していると読めます。自己から変わることを否定している様相を得る人もいるでしょう。

しかし、その精神には原則的にあなたと神との対話によって話が進んでいく。内なる心にいつも耳を澄ませる前提があります。

 

誰か(人に)決められるような、つまり上司が決めたからそこにしがみつかなければならないような話ではありません。

 

「精一杯今を生きようと」伝えてくれているのです。

 

単語に引きずられて

思考は単語に引きずられがちです。

仕事で議論をしていても、単語の語彙に反応と論理に対して反応どちらが多いかといえば、単語です。

分かりやすさがあるからでしょうが、議論の本質から外れてしまいます。

 

ここまでくれば、職場がつらいときに「置かれた場所で咲きなさい」という言葉が単に「我慢をしろ」といっている訳ではないことが分かります。

神との対話のうちで、置かれた場所を見つけつつ精一杯生きなさいという、著者の意図なのです。変わることへの否定ではありませんね。

 

【編集後記】
経験をした人の話を聞けると、自分がすでにできたような気分になれます。目標が具体化するので、いい効果がありますね。

【昨日のはじめて】
ピーチジンジャーエール

【子どもと昨日】
急な発熱で保育園から呼び出しです。ただ、実際に熱はあるもののそこまでひどくなくいつもと変わらない様子。水遊びはちょっと避けて甘めのスイカを食べて休みました。

夜のうちはある程度熱も下がってきて一安心です。