論文を書いて感じる「自己嫌悪」を上手にやり過ごそう

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論文レベルの練度で文章を書いていると「自己嫌悪」を感じます。
必要悪としてでも、どうやってその自己嫌悪と向き合うかが論文を書く上で大切なポイントです。

ただ、自己嫌悪を感じるのは、ちゃんと論文と向き合えている証拠です。
論文を書き上げる妨げになる点にどうやって折り合いをつけるかが大切なところとなります。

なぜ自己嫌悪を感じるかは、

  1. 自分が見えるから嘆く
  2. 自分の能力の限界を見せられて嘆く
  3. あきらめさせられることで嘆く

の3つに区分されます。

自己嫌悪の根底を知って、論文に立ち向かいましょう。

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目次

自分が見えるから嘆く

論文と向き合って感じる自己嫌悪の一つの理由は、「自分が見えるから嘆く」ことです。

論文の調査課題に向き合えば、なぜその調査課題を課題として考えているのかに向き合います。

その課題を問題と捉えているから向き合います。

では、なぜ問題と捉えているか。
その理由はあなたにあります。

あなたの人生観、経験、これまで嫌と感じてきた感情的な要素、様々な要素がその理由となるでしょう。

問題を問題と規定するのはあなた自身です。
問題を否定されることはあなたを否定されることにつながってしまうのです。
問題を問題と認識したのはあなたの人生そのものですから。

論文を書いていて良い結果がでなければ、問題が大したものではないと気づいたり思い込んだりします。

自分を否定することが第一の嘆きの原因です。

そして自己嫌悪につながってしまいます。

自分の能力の限界を見せられて嘆く

論文を仕上げていくことは、書く力を試されていると言い換えられます。

一生懸命に向き合って書いていくのにもかかわらず、良い文章が書けないことは否が応でも出てきます。

そのとき、あなたは「自分の能力の限界を見せられて嘆く」ことになってしまいます。

 

どういう論理展開にすれば、

  • この文章が読みやすくなるか
  • 虚飾を避けつつそれなりにお化粧できるか
  • 権威ある文章にできるか

後々気づく先人の文章のキレに圧倒されながら、どうして自分はそんな文章が書けないのかで嘆きます。

嘆きはまた自己嫌悪につながります。

あきらめさせられることで嘆く

論文には締切があり、誰しもその質を高めることをあきらめます。

「もっとできる」「もっと書ける」と考えながら、貴重な原資である時間がその「もっと」をさせてくれなくなるのです。

自分はもっとやりたいと考えながらも、その希望を打ち砕かれます。

また嘆きにつながり、自己嫌悪に至ります。

自己嫌悪を上手にやり過ごそう

対策をして「自己嫌悪に打ち勝とう!」と言いたいですが、おそらく無理です。
むしろ、「諦念」を上手に使う、やり過ごすことを理解しましょう。

 

自己嫌悪を感じずに論文を上手に書き・仕上げられる人は、相当の才能があるか努力を積んだ方です。

税法免除を目指す方は、そういった一握りではない方が多いはず。
だから「嘆き」は当然あるのです。

当然あるものをそれほど嘆く必要はありません。
雨が降るようなものです。
気分はよくありません。
でも、だからといって絶望することでもありません。
当然来るものであり、当然過ぎるものです。

自己嫌悪で止まってしまうことの方が、全体としてマイナスに働きます。

自己嫌悪が来たら、このブログで書いてあるように、「当然来るものが来た」程度に理解してください。
そして、続けましょう。
締め切りまではあがけます。
そして、「あきらめさせられる」ことにつながるのですが、それでも気にせず。

上手に嘆きと向き合い、自己嫌悪をやり過ごしましょう。

論文を書いている全ての人にエールを!

【編集後記】
とある授業に少し出ました。

オンライン化という、昨年と変わった様子になったことはちょっとさみしいところです。

【運動記録】
ジョギング○ ストレッチ○ 筋トレ○ サプリ○

【子育て日記(3歳)】
週末なので、ちょっと疲れているようです。
週末が疲れるのは、大人も子どももなのでしょうか。

ゆったりとさせます。

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