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毎日ブログを書こうと思うのはウェブ上と実在上の存在証明のため

特に強制性はないのでしょうが、
毎日、あるいは、一日一つはブログを
書こうと決めています。

「毎日投稿することは記事の質を下げる」
「毎日投稿することが義務になって本末転倒」
「他に時間を使いたい」

色々と批判も目にしたことはありますが、
少し前に自分なりには理由づけができております。

その批判の回答とは別に、毎日書くことの
一つの意義は存在証明のためにも
一役買うというのが、最近の実感です。

存在を知ってもらうことのためだけでも
続ける価値はあります。

ise

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ウェブでは存在するかが不安定

ウェブで知り合った人とトラブルになったり
犯罪に巻き込まれたり。ニュースで目にして
一般の人が気にするところは、
ウェブを使った関係のあやふやさです。

相手がどんな人かわからなかったり
そもそも実在するのか不明瞭です。

インターネット上では異性を装う人も
いますし、自分の一面を切り取って出しやすい。
なりきることもしやすいことを考えると、
なんとなく不安と感じる人がいるのもそうでしょう。

 

ただ、現実世界でも装うことはできます。
異性になるのは簡単ではないですが、
コミュニティによって人柄が変わるのはよくあること。
そもそも対人関係は相対性の束でもあります。

自分だけでなく、相手も変わり集団も変わり
その中の第三者から見えるあなたも容易に変わります。

もちろん、現実世界より見えにくいのはその通りで、
比較したら不安かなというのも一つの意見としてわかります。

毎日投稿しているならほぼいる、連絡がつく、と想像がつく

この不安に対する一つの対処として
毎日の投稿があります。

毎日投稿していれば、それらの情報が
バラバラでもまとめて読めば
その人が見えてきやすいです。

読み手はまとめて読めます。
関わり合いのあるときに昔からの記事を
読んでもらうことも可能です。

たまに投稿する人よりも
存在の(感覚的な)確実性が高まります。

 

連絡がつくだろうと理解されることも大切です。

返信してすぐに返答が来ることまではなくても、
1日の一定期間中には返答がもらえるだろうとも
わかってもらえます。

返答の可能性という意味でも毎日は意味がある。
少なくとも「今の私にとっては意味がある」と言えます。

 

閑話休題:ブログとTwitter

存在証明と連絡のつきやすさなら
Twitterでも同じだと考えることもできます。

フロー型とストック型で検索ができないことも
よく言われる違いですが、何かを論じる時に
Twitterよりはブログの方が書きやすい長さに調整できます。

スピード感によるストレス度合いの違いもあります。
お好みで選択すればいいと考えますが、
また別の機会にこの点はまとめるつもりです。

毎日続けることでの存在証明

存在証明はとても難しい命題です。

学校での一般的な話として、
デカルトが自分の証明を考えることにおいて
論証したように紹介されますが、
ある学説では証明には至っていないとの反論もあります。

毎日続けたからといえ、絶対的な存在証明に
なったとはいえませんが、それでも何もしていない人に
比べれば部分的には証明できることがあります。

まとめとして

毎日続けるのには、労力と時間が必要です。

それでも続ける意味としては

*ウェブ上での存在証明になる

*連絡がつきやすいことを理解してもらえる

この辺りでしょう。

独立まではまだ時間を要しますが、
ビジネスとしては先行するつもりです。

その意味でも、もう少し毎日を走ってみようと考えます。

【編集後記】
大学院の課題の質をどこまであげられるかに
挑戦しています。いつまでも大学にいられる訳ではないので、
楽しんでいいもの作りたいです。

【運動記録】
ジョギングO ストレッチO 筋トレO サプリO

【一日一新】
気になっていた抹茶のお茶屋さん

【子育日記(2歳)】
お風呂で一緒にのんびり。
寝たふりをすると、トントンして
すぐ起こしてくれます。

途中から起こすのが楽しくなったのか、
「ねんねしていいよ〜」と言ってくるように。
応えない訳にはいきませんね。。